大阪地方裁判所 平成9年(ワ)12444号 判決 2000年1月14日
原告
山片親次
被告
四日市運送株式会社
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、各自、金三八一二万九七三一円及びこれに対する平成九年一二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、各自、金六八九二万〇七三〇円及びこれに対する平成九年一二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1(本件事故)
(一) 日時 平成八年九月三日午前六時四〇分ころ
(二) 場所 大阪府茨木市高浜町「近畿自動車道天理吹田線」上り三・四キロ付近
(三) 加害車両 被告太田誠(以下「被告太田」という。)運転の普通貨物自動車(三重八八う九九三)
(四) 被害車両 原告運転の普通乗用自動車(大阪七八ゆ九一三七)
(五) 態様
原告が右高速道路を京都市の京都仏教大学の工事現場へ向かうため、吹田方面へ北方向に被害車両を運転し、折からの渋滞のため、渋滞の最後尾を時速一〇キロメートル程度で走行していたが、渋滞がよりひどくなり、ついには最後尾に停車する事態になったので、比較的空いていた左側車線に移行しようと左へハンドルを切り、左側車線の車の流れが途切れるのを待とうとした瞬間、加害車両が制限速度の時速八〇キロメートルをはるかに超える速度で被害車両の右後部に激しく追突した。
このため、被害車両は、前輪が左折状態になっていたため、左側車線の路側壁に向かい押し飛ばされるように進んだが、被害車両の助手席に乗っていた兄公明(原告はこのとき、後記のとおり運転席が仰向けに倒された状態で半ば失神していた。)がとっさにハンドルを右に切り、被害車両のエンジンキーを切ったので、被害車両は路側壁に激突を免れ停止した(路側壁には激突していない。)。
2(責任)
(一) 被告太田は、運転者として、高速道路を走行する場合、脇見することなく前方左右を注視して運転する注意義務があるのに、これを怠り、前方注視を欠いたまま漫然と走行した過失により本件事故を発生させたもので、民法七〇九条による責任がある。
(二) 被告四日市運送株式会社(以下「被告四日市運送」という。)は、一般貸切貨物自動車運送を営業目的とする株式会社であるところ、右事業のため被告太田を雇用し、本件事故当時も同事業に従事させていたもので、かつ、加害車両を所有して右事業のため運行の用に供していた者であるから、民法七一五条及び自動車損害賠償保障法三条による責任がある。
3(傷害、治療経過)
(一) 原告は、本件事故により、外傷性頸椎症、外傷性腰椎症、脊髄損傷、右股臼蓋骨折の傷害を受けた。
(二) 原告は、右傷害により、次のとおり入通院治療を受けた。
(1) 昭和病院
平成八年九月三日から同月七日まで入院四日間
(2) 寺方生野病院(旧名称福徳医学会病院)
平成八年九月七日から同年一〇月三一日まで入院五五日
平成八年一一月一日から同年一二月二一日まで通院(実通院日数二八日)
(3) 丸茂病院
平成九年三月一三日から同月二二日まで入院一〇日間右入院は、外傷性頸椎症、腰椎椎間板ヘルニアの治療のための「PLDD」と呼ばれるレーザー光線手術時の入院である。
平成九年一月八日から同年一二月二日まで通院(実通院日数六六日)
本訴提起時においても、電気治療、ストレッチ運動によるリハビリ、牽引並びに神経ブロック注射による治療のために通院継続中である。
なお、後記症状固定日までに実通院日数は三二日である。
4(損害)
(一) 治療費 三八五万三六六一円
(二) 入院雑費 九万二三〇〇円
1300円×71日=9万2300円
(三) 入通院等交通費 一七万二八二〇円
(四) 休業損害 七二〇万円
原告は、原告の兄山片公明及び弟山片教光と三人で、テナント事務所ビルの建設工事に際し、建設会社等の下請又は孫請として、ビル外壁を中心とする外壁化粧パネルの取付業に従事しており、本件事故までは、公明から一か月四八万円の給与を得ていたが、本件事故日である平成八年九月三日から就労不能となり、以後症状固定日である平成九年五月二八日までの二六七日間(九か月間)休業し、本訴提起日現在なお休業を余儀なくされている。
したがって、原告は、症状固定日にかかわらず、本訴請求においては、本件事故日である平成八年九月三日から平成九年一二月二日までの四五五日間(一五か月)を休業損害として請求できるものと考える。
(五) 入通院慰謝料 二〇〇万円
前記のごとき長期間の入通院と、現在でも通院治療を余儀なくされている原告の精神的苦痛を慰謝するためには、右の金額が最低限必要である。
(六) 後遺障害慰謝料 九五〇万円
(1) 原告は、本件事故当時満四二歳で、高所作業士とアーク溶接の資格をいかし、熟練した金属工として、体力が資本のもとに兄弟三人で働いてきた。
原告の仕事は、長年の経験と要領(こつ)に基づくものとはいえ、人並み以上の強い筋力、背筋力、握力並びに足腰の強靭さが求められ、しかも、高所・階段等閉所ともいえる環境下において、身体の動作、その使い方においても重量物を支えながら身体を曲げたりあるいは腰を捻るような窮屈で厳しい作業を強いられる。
しかるに、本件事故に起因する第三頸椎の圧迫骨折及び椎間板ヘルニアによる肩甲痛、腰痛、筋力の低下を伴う左上肢放散痛、握力の低下等の後遺障害は、丸茂病院において、神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの・・・自動車損害賠償保障法七級四号に該当するとの診断を受け、このため、今後、金属工として右ビル外壁化粧パネル取付等の仕事に従事することは全く不可能となった。
(2) 本件後遺障害による日常生活における耐え難い苦痛の状況は、次のとおりである。
<1> 歯磨き・洗顔時に腰をかがめるとき、首、肩、腰に強烈な痛みが走り、左上肢の痺れが増す。
<2> 就寝時、首の痛みのため、枕を使用することができず、加えて、肩、腰の痛みで仰臥することができないため寝つきが悪く、寝ついてからも夜中、強烈な痛みが走り、起きることがしばしばであり、安眠することができない。
<3> 原告は、高槻市所在の丸茂病院で通院治療を受けているが、電車等の交通機関を利用すれば、その乗換等の往復には相当長時間を要し、また、歩行が長くなると痛みが増幅するため、やむを得ず自家用車で通院している。
通常であれば病院まで約一時間程度で着く距離であるが、車を運転していると同一姿勢を継続するため、コルセットを装着しているにもかかわらず二〇分もすれば、腰、肩の痛み、左足の痺れが増し、耐えられなくなり、ある程度痛みが緩和するまで途中休憩するような有様であり、病院へ着くのが大幅に遅れる。
(3) 以上のとおり、原告は本件事故により、壮年期のただ中で、長年培ってきた生業と強靭な体力とを一瞬にして失い、収入の道を絶たれ、今後いかなる仕事に就きどれ程の収入を得られるのか、また、平穏かつ通常の日常生活には何時戻ることができるのか、暗澹たる思いで悶々とした日々を送っている。
原告は、被告四日市運送の任意保険会社である住友海上火災保険株式会社の強い勧めにより、丸茂病院の診断書に基き、平成九年五月二八日、症状固定ということで、保険調査事務所の等級認定を受けたところ、自動車損害賠償保障法施行令別表後遺障害等級表の一二級一二号「局所に頑固な神経症状を残すもの」との査定を受けた。
しかし、前記原告の深刻な後遺症の状況からみて、右査定は到底首肯できないものであり、原告の後遺障害は別表七級四号「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当するので、これによる原告の精神的苦痛を慰謝するには右の金額が相当である。
(七) 逸失利益 四九九九万六八〇〇円
本件事故時の原告の給与 一か月四八万円
労働能力喪失率 五六パーセント
四三歳の新ホフマン係数 一五・五
48万円×12か月×0.56×15.5≒4999万6800円
(八) 弁護士費用 六〇〇万円
よって、原告は被告らに対し、民法七〇九条、七一五条、自動車損害賠償保障法三条に基づく損害賠償として、各自、既払金を控除した残額金六八九二万〇七三〇円及びこれに対する本件事故の日の後である平成九年一二月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(一)ないし(四)は認める。
同1(五)のうち、原告が高速道路を京都市の京都仏教大学の工事現場へ向かうため、吹田方面へ北方向に被害車両を運転していたこと、折から同高速道路が渋滞していたことは認め、その余は否認する。
2 同2は認める。
3 同3(一)のうち、脊髄損傷、右股臼蓋骨折は否認し、その余は認める。
同3(二)は認める。
4 同4(一)は認める。
同4(二)は、六九日分八万九七〇〇円の限度で認める。
同4(三)は知らない。
なお、丸茂病院の通院実日数は三二日である。
同4(四)のうち、本件事故時の原告の収入が月額四八万円であることは認め、その余は争う。
同4(五)ないし(七)は争う。
同4(八)は知らない。
三 抗弁
1(寄与度減額)
第四、第五頸椎間、第五頸椎、第一仙椎間の椎間板狭小、膨隆、先天性脊柱管狭窄症、骨棘形成は原告の素因、素質的疾患である。
2(損害填補) 九九五万三一〇一円
(一) 治療費 三八五万三六六一円
(二) 休業損害 三八四万円
(三) その他 一万九四四〇円
(四) 自賠責保険 二二四万円
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1は争う。
2 同2は認める。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因1(本件事故)
1 次の事実は当事者間に争いがない。
(一) 日時 平成八年九月三日午前六時四〇分ころ
(二) 場所 大阪府茨木市高浜町「近畿自動車道天理吹田線」上り三・四キロ付近
(三) 加害車両 被告太田誠(以下「被告太田」という。)運転の普通貨物自動車(三重八八う九九三)
(四) 被害車両 原告運転の普通乗用自動車(大阪七八ゆ九一三七)
2 証拠(甲一、乙一の1ないし10)によれば、本件事故の態様は、次のとおりであることが認められる。
原告が高速道路(制限速度時速八〇キロメートル)を京都市の京都仏教大学の工事現場へ向かうため、吹田方面へ北方向に被害車両を運転していたこと、折から同高速道路が渋滞していたことから減速し、時速約三〇キロメートルに速度を落として走行していたときに被害車両の後方を進行していた被告が前遠方の車の流れが気になり、前遠方をぼんやりと見ながら時速約六〇キロメートルで走行していて、前方をしっかり見ずに走行したため、原告が減速して車間距離がなくなっているのに気付かず、気付いたときには被害車両は目の前にあり、急ブレーキをかけたが間に合わず追突し、被害車両は、追突場所から二四・七メートル進んで停止し、加害車両は一九・二メートル進んで停止した。
二 請求原因2(責任)は当事者間に争いがない。
三 請求原因3(傷害、治療経過)
1 原告が本件事故により外傷性頸椎症、外傷性腰椎症の傷害を受けたことは当事者間に争いがない。
証拠(鑑定の結果)によれば、第三頸椎第五、第六頸椎間の推間板ヘルニア、第三頸椎の圧迫骨折は認められず、脊髄損傷、右股臼蓋骨折を認めるには至らない。
2 入通院状況は当事者間に争いがなく、これに証拠(甲七、乙一ないし九の各1、一三の1、2、一四の1、2、一五の1ないし3、鑑定の結果)を総合すると、原告は、右傷害により、次のとおり入通院治療を受け、平成九年五月二八日症状固定したことが認められる。
(一) 昭和病院
平成八年九月三日から同月七日まで入院五日間
(二) 寺方生野病院
平成八年九月七日から同年一〇月三一日まで入院五五日間(一日は昭和病院の入院と重複)
平成八年一一月一日から同年一二月二一日まで通院(実通院日数二八日)
(三) 丸茂病院
平成九年一月八日から同年二月二六日まで通院(実通院日数七日)
平成九年三月一三日から同月二二日まで入院一〇日間
平成九年三月二四日から同年五月二八日まで通院(実通院日数二五日)
原告の入院日数は六九日、通院実日数は六〇日(一九九日中)である。
四 請求原因4(損害)
1 治療費 三八五万三六六一円
当事者間に争いがない。
2 入院雑費 八万九七〇〇円
1300円×69日=8万9700円
3 入通院等交通費 一二万三二〇〇円
(一) タクシー代 八万九三二〇円(甲五の1ないし21)
(二) 電車・地下鉄 三万三八八〇円(甲九、原告本人、弁論の全趣旨)
770円×2×22日=3万3880円
4 休業損害 四三二万円
原告の本件事故当時の給与が月額四八万円であったことは当事者間に争いがなく、証拠(甲九、一一、原告本人)に前記入通院治療の状況を総合すると、原告は、当時従事していた原告の兄山片公明及び弟山片教光と三人でのテナント事務所ビルの建設工事に関するビル外壁を中心とする外壁化粧パネルの取付業に従事しており、本件事故時から症状固定時までの九か月間休業したことが認められ、右休業は原告の業務及び傷害の部位、程度からすると、やむを得なかったものといえるから、原告の休業損害は、次の計算式のとおり、四三二万円となる。
48万円×9か月=432万円
5 入通院慰謝料 一四〇万円
原告の受傷の部位、程度及び前記入通院治療の状況からすると、入通院慰謝料は一四〇万円と認めるのが相当である。
6 後遺障害慰謝料 六〇〇万円
証拠(甲七、乙一三の1、2、一四の1、2、一五の1ないし3、鑑定の結果)によれば、原告には、<1>左手の母指球及び小指球に軽度の筋萎縮、<2>左側中心とした頸髄椎体路に障害、<3>第四、第五頸椎間の椎間板高位及び第五、第六頸椎間の椎間板高位にて周囲からの圧迫による脊髄の扁平化(特に頸髄左側の圧迫が優位)等の症状があり、原告には脊髄障害により左手の疼痛が持続していることが認められ、これにより一般的な労働能力は残しているが、就労可能な職種の範囲は相当な程度に制限されていると認めるのが相当であり(九級一〇号該当)、右上前腸骨棘付近の傷みについては一四級一〇号に該当するものと認められる。
右の点及び本件に現われた諸般の事情を考慮すると、後遺障害慰謝料は六〇〇万円と認めるのが相当である。
7 逸失利益 三一二四万八〇〇〇円
前記認定の原告の後遺障害の部位、程度及び原告の職業からすると、逸失利益は、次の数値を基礎として算定するのが相当であり、後記計算式のとおり、三一二四万八〇〇〇円となる。
(一) 本件事故時の原告の給与 一か月四八万円
(二) 労働能力喪失率 三五パーセント
(三) 就労可能年数 二四年(新ホフマン係数一五・五〇〇)
48万円×12か月×0.35×15.500=3124万8000円
8 以上を合計すると四七〇三万四五六一円となる。
五 抗弁1(寄与度減額)
証拠(乙一三の1、2、一四の1、2、一五の1ないし3、鑑定の結果)によれば、原告には、本件事故以前から第四、第五頸椎間、第五頸椎、第一仙椎間の椎間板狭小、膨隆、頸椎脊柱管狭窄症、第五、第六頸椎に骨棘形成があったことが認められ、これが本件事故と相俟って、原告の症状及び後遺障害を生じているものと認められるから(ただし、本件事故以前にその症状が出ていたことを認めるに足りる証拠はない。)、これを考慮して、前記損害額からその五パーセントを控除するのが不法行為法の理念である衡平の観点からすると相当である。
前記四七〇三万四五六一円からその五パーセントを控除すると、四四六八万二八三二円となる。
六 抗弁2(損害填補)(九九五万三一〇一円)は当事者間に争いがないから、これを控除すると三四七二万九七三一円となる。
七 弁護士費用(請求原因4(八)) 三四〇万円
本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は三四〇万円と認めるのが相当である。
八 よって、原告の請求は、三八一二万九七三一円及びこれに対する本件不法行為の後である平成九年一二月二三日(記録上明らかである。)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 吉波佳希)